斎藤剛史の教育ニュース観察日記

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zoom RSS 履修不足・必修逃れの結末と今後

<<   作成日時 : 2006/11/03 16:16   >>

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 もういいやと思いながらも、一応この問題に区切りをつけておきたいと思います。

◎必修科目履修漏れ、救済策を正式決定 文科省(朝日新聞)

ということで一応の決着がついた。で、その文部科学省の通知はこちら

○なんで補習70時間が目安で、50時間まで軽減されるのか。
 マスコミの説明も分かりづらいところがあるので、説明をしておきましょう。高校の1単位は、簡単に言えば時間割に週1時間の授業入っているということです。学校の年間週数は35週なので、毎週1時間授業すると年間で35時間、これが1単位です。

 履修不足となった代表科目の世界史を例に取ると、学習指導要領では近現代史中心の世界史A(2単位)と通常の世界史B(4単位)の2科目があり、どちらかを履修することになっています。

 つまり、必履修科目でも4単位と2単位の科目がある。ならば、履修不足への対応では、その学校が4単位の世界史をカリキュラムに組んでいても、特例として2単位分勉強することで世界史を履修した、つまり、必履修科目を勉強した、、、、、と見なす、ということです。

 これなら、一応2単位科目の方で必履修科目受けたという形になるので、学習指導要領の建前は守られる。文科省が70時間の補習にこだわったのは、これが理由です。

 で、ここからはややいいかげんなのですが、1年間の間には当然、生徒は病気や怪我で欠席することがある。全国的に高校の学則を見ると、年間で3分の2の出席があれば、OKとしているところが多い、、、、だから、補習70時間の3分の2で、かつ区切りがよいところ、、で50時間ということになったのです。

 ただし、履修不足が複数科目ある場合、当然、補習70時間ではすまないわけですが、これはもう目をつぶってレポートで済まそう、、、、、、、いわば政治決着ですね。

 君が代・日の丸問題で訴訟を抱える都道府県もあり、文科省は絶対に学習指導要領の拘束性を否定するような特例はとれない。しかし、一方で生徒救済を求める政治家の圧力も無視できない、、、、、、その真ん中をとったのが今回の救済措置です。




○政治決着の中身は別にして、これでよかったのではないか。
 高校の履修不足、未履修、必修逃れ、いろいろ呼び方はありますが、改めて考えるとマスコミによって全国的な騒ぎとなったことは、「これでよかったのではないか」という気がしています。

 高校現場の不満はあるでしょう。高校に対する社会の批判もあるでしょう。しかし、大学入試のために、一部の進学校が学習指導要領を守らなかったという事実があり、それは高校教育界では公然の秘密だったということが、社会に明らかにされました。今後、学校現場は政治に振りまわされる可能性はありすまが、高校現場の抱える矛盾の一部が社会に明らかになったこと、それを社会のほんどが「いけないこと」「望ましくないこと」と受け止めたこと、、、、それはある意味で、「正常」ではないでしょうか。

 よくよく考えてみて、私はそう思うことにしました。


 少なくとも、生徒の大学入試のためといって、高校現場の一部が矛盾を抱えたままでいるよりも、ずっとよい。

 今後、この問題がどういう形で学習指導要領や高校教育に影響するのかは分かりません。しかし、少なくとも「関係者を処分せよ」と批判した人々も含めて、この問題がどういう形で教育改革に反映されるのか、見守る責任があると思います。

 学習指導要領についての関心も幾分高まりました。大学入試のためだけに高校教育はあるのではないという意見も出ました。中には、問題の把握の仕方を間違っていると思われる意見もありますが、それも仕方ないでしょう。

 教育基本法改正が審議されている現在、それと時を同じくして社会を賑わせたこの問題は、おそらく日本の教育史の1ページに刻まれるでしょう。

 これからどんな歴史が刻まれるのか、それは分かりません。しかし、大学入試という本音と、学習指導要領という建前の間で、うまく立ち振る舞うことが一部進学校の知恵だという現実を否定した世論は、まっとうだと私は考えます。

 課題も残った、学校現場の矛盾はおそらく解決することはないだろう、公私格差も広がるかもしれない、、、、、、でも、一連の履修単位不足の問題が、ここまで全国的な問題になったのは、日本の教育にとってはよかったのではないか、、、、、、

 私はそう思うことにしました。


(このエントリーは公開後に、後半部分を書き直しました。修正前の内容に対してトラックバックや意見をいただいた方は、申し訳ありません。制度の重箱の隅をつついて、冷笑することは私の趣味なのですが、本音と建前の乖離を「知恵」や「慣行」と事情通ぶって受け止めることは、やはり間違っている、、、、と思い返しました)

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
愛光学園の中学で
技術・家庭の授業時間が
足りないことが分かったみたいですね。
これって他の学校でもありますよね。
授業時間は満たしているけれど
技術のものづくりはせず
情報だけで済ませてる学校も
多いと思います。
これも学習指導要領を逸脱してますよね。
pandaba
2006/11/03 23:27
コメントをいただいた後にエントリーを書き直しました。たいへん申し訳ありません。

学習指導要領違反は、法的にはいけないことです。でも、学習指導要領は金科玉条ではありません。不都合があれぱ改正すればよいものだとも言えます。

問題は、誰にとってどんな不都合があるのかということでしょう。学校が間違っているかの、学習指導要領が間違っているのか、それとも両方とも間違っているのか、社会全体が間近っているのか、、、、

隠蔽されている事実は、どんどん明らかにされるべきです。しかし、そこから何を変えるべきなのかを考える必要があると思います。
カラ
2006/11/04 00:48

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