全国学力テストと競争主義・主張編1

 全国学力テストの成績結果を市町村別あるいは学校別に公開すべきかどうかという問題に対する私の考えを述べたいと思います。

 それと、こんなつまらないブログの質問に3人もの方が答えていただき、たいへん感謝しております。ありがとうございます。

 質問に答えていただいた方は、いずれも学テに対して冷静な見方をしておられて安心しました。なぜ、私がこのような質問をしたのかというと、「学テの結果を予算に反映させる」ということがどんな意味に受け止めているかを知りたかったからです。

 3人とも学テの点数が悪かった学校は予算は減らすとはお答えになりませんでした。当然です。

 ただ、「予算というニンジン」という言葉もあったように、学テの点数のよかったところに予算を多く与えるのが普通の意見だと思い、それに反対したという思考をたどったのではないでしょうか。

 じつは、私も同じことを危惧しています。「学テで学校同士が競争することで、全体の学力が上がる」という競争主義、そして「学テの結果を予算に反映させる」という成果主義には次のような問題があります。

 ①競争して全体がよくなるというが、言い方を換えれば行政は予算をかけないということではないか。
 ②成果を予算に反映させるというのは、成績の悪かった学校の予算を減らすことにつながるのではないか。

 たぶん、上の考え方は民間企業では当たり前でしょう。しかし、少なくともこれは公立学校には当てはまらないのです。なぜかというと、学校全体の学力は、教員の努力以上にその学区の子どもたちの家庭状況、地域の経済状況に左右されるからです。批判を承知で例えるなら、生活保護世帯の子どもが3割を超える学校と中産階級以上の子どもが多い学校とでは、学テの成績はどちらが高いと思いますか。答えるまでもないでしょう。

 競争主義は、競争の前提条件が同じであれば健全に機能します。しかし、義務教育の公立学校は、子ども、家庭、地域を選ぶことができないのです。つまり、義務教育段階の公立学校において競争主義は、そもそも成り立たないということです。

 ここで、学テの成績がよい学校に予算を多く与え、悪い学校の予算を削ったら、どんなことが起きるかは自明でしょう。

 どんな条件でも子どもたちの学力をあげるのが教員の仕事だというのは正論です。しかし、経済的に困難な家庭の子どもを多く抱える学校と、ほとんどの子どもが一戸建ての家に住み学習塾にも通っている学校では、教員の努力の種類が違うのです。

 では、競争主義による学テの成績は公開しない方がよいのか、、、というと、私はそれも違うと考えています。

 長いブロクは読まれないというので、以下は次号で。

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