テーマ「雑談」の記事
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2008/04/13 15:21
またまた長期放置状態を続けてしまいました。いかんですね。
入学式シーズンも終わり、学校はいずれも新学期の慌しさを迎えているようです。年度替わりを機会に、当ブログも気分一新といきたいのですが、どうなることやら。
ところで、私の家の隣には高卒者を対象とする3年制の看護専門学校があります。隣なものですから、設置当初からの付き合いということになるのですが、学生を見ていると時代の変化が手に取るように感じられますね。
創設当初は女子のみの全寮制だった学校も、いまや男女共学で通学生の方が多い。
何といっても男子の増加は年々目を見張るばかりです。看護婦ではなく看護師という変化はこんなところに確実に出てますね。
しかも、学生の年齢が上がってきている。もちろん高校新卒が大半ですが、中には子供のいる女性、妻子持ちの男性も学生にいます。30代の男子学生は、会社を辞めて卒業までの生活費は貯金をはたいて資格を取るそうです。
やはり国家試験の資格職業ですから、食いはぐれがないというところが魅力なのでしょうか。卒業生の看護師の話などを聞くと、そう簡単な職業ではないのですが、、、、
ところで、何の間違いが文部科学省の協力者会議の委員という仕事?が回ってきました。それも「高校の看護教育に関する検討会議」というもので、これもなんかの縁なのでしょうか。どうやら、医師会や看護協会の役員などの関係者委員に交じって、見当違いの正論を吐いて皆さんをこまらせるのが私の役目のようです(と自分で思っているだけですが)、、、、
いずれ、文科省の会議の話なども守秘義務などと関係ない範囲で紹介したいと思います。
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2008/02/06 01:49
今日は雑談です。同業者の渡辺敦司君が教育時事解説のブログを立ち上げました。当ブログを訪問してくださる変わり者、いや、、、マニアックに方にもお薦めかと。
○教育ジャーナリスト渡辺敦司の一人社説
で、これだけではなんですので、私や渡辺君が名乗っている「教育ジャーナリスト」なる者とは何かということについて、少しお話ししましょう。
教育雑誌、あるいは一般誌の教育記事の中でたまに「教育ジャーナリスト」という肩書きを見ます。私などもその仲間です。では、これはどんな人たちなのでしょうか。
○「記者上がり」
一番正統的というか、ポピュラーだった存在。全国紙や地方紙などの新聞記者で、教育分野を主に取材してきた人たちが、退職してフリーになったときに名乗る。
フリーといっても、「元○○新聞」の肩書きは一生ものですから、役所や記者クラブにも自由に出入りできます。記者時代に付き合っていた人たちが役所や関係団体の幹部になっているので、かなり高度な政治的裏情報にも通じています。
ただし、現在では△△問題一筋何十年などという専門記者を育てるような人事を取ることが少なくなったため、人数は減っています。舞台は、新聞、教育専門誌など。
○「フリーライターまたはフリージャーナリスト」
一番多いのがこのタイプ。普通のフリーのライターやジャーナリストなのですが、教育分野を得意としていて、その注文が多いという人たち。フリーライター、フリージャーナリストという肩書きでもかまわないのですが、特に教育分野に詳しい執筆者なのだということをアピールするため編集部が「教育ジャーナリスト」という肩書きをつけることが多いようです。
当然、教育だけを専門に書いているわけではなくほかの分野の記事も書いています。舞台は一般誌で、逆に教育専門誌などに登場することはまれです。著書が多いのもこのタイプの特徴です。
○「元業界関係者」
教育専門でも私学情報や入試など特殊分野を扱うことが多いのが特徴。関係団体、関係業界などの出身者が、その経験とコネクションを活用しながら書いている。自分で会社を起こし専門雑誌などを発行している場合もあります。元教員の教育評論家なども、あえて分類すればここでしょうか。
時としてブラックやグレーに分類される仕事をする人もあり、そのような場合は「業界くずれ」と言います。
○「記者くずれ」
一番、数が少ないタイプ。教育専門紙などの記者経験者で、ほかに食う道がないのでずるずると教育問題で飯を食っているライター。ジャーナリストともフリーライターともいるほどの仕事はしていないが、肩書きがないと困るので編集部が苦肉の策として「教育ジャーナリスト」と名付けた人たち。
教育専門紙の記者出身でもまれに手広く活躍している人がいますが、これは「フリーライター・ジャーナリスト」の分類となります。
舞台は、ほとんど教育専門誌のみ。あくまでも「記者くずれ」であり、「記者上がり」でないことに注意。この人たちの言うことは、あまり信用してはいけません。
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2007/03/12 00:41
川柳の時実新子さんが亡くなられました。川柳という俳句の格落ちのような存在を「文芸」にまで高めた人の一人です。
○川柳作家の時実新子さん死去(朝日新聞03月10日)
それにしても、いろいろと騒動はありましたがこの人の存在は大きかった。句集「有夫恋」(ゆうふれん)くらいならまだ十分に手に入ると思うので、この機会に興味のある方はらぜひ。
いくつかその中から紹介しましょう。
「悲しさにぐしゃぐしゃと顔洗う」
(誰しもぐしゃぐしゃと顔を洗ったことがどれほどあることか)
「たわむれに似て真実の手を重ね」
(偶然のような、何気ないような、手が重なっただけのことだけど)
「或る決意 動物園の檻の前」
「孤独きわまり動物園に立っている」
「別れねばならない人と像を見る」
(動物園は人生にとってある意味危険なところなのです)
「手が好きでやがてすべてが好きになる」
(人を好きになるのに理由なんかいらないのですね)
「妻をころしてゆらりゆらりと訪ね来よ」
(すみません、そんな度胸はありません)
「親は要りませぬ橋から唾を吐く」
(吐いたはのは決意か、悲しみか、それとも)
「じゃあというハイという永遠の別れ」
(「じゃあ」という男、「ハイ」と答える女。暮らした時間が長いほど、別れの言葉は簡単になるものです)
「愛咬(あいこう)やはるかはるかにさくら散る」
(これはもう川柳の概念を超越してます。エロスの極みですね)
ご冥福をお祈り申し上げます。
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2007/02/04 03:14
このブログでは、いじめ問題はあまり語らないことにしています。その理由は以前のエントリーで書きました。
ただ、世の中がへんにヒートアップしそうなので、一言だけ言ってもよいかなと。
それは、「いじめ」ということばをもっと厳密に使おうということです。
○けがをさせた同級生への謝罪の言葉がノートに 中2自殺(朝日新聞)
○文科省、体罰の範囲を通知へ 居残り・起立は許容も(朝日新聞)
「いじめ」はいけないことで、その被害のために子どもが自殺することは悲しいこです。私も二児の親なので、自分の子どもが死ぬことなど考えたくもありません、。
たぶん、親にとって子どもが死ぬということは、自分の一部が死ぬということと同じでしょう。
ですから、いじめをする子どもやその保護者は、絶対に許せない、、、、だから、出席停止にしたり体罰をしてでもやめさせるべきだということは、気持ちは分かります。
でも、いじめの加害者は、一方的な加害者ばかりなのか。現在の子どものいじめは、被害者と加害者が簡単に入れ替わることがよくあるというのは、もう学校現場では常識です。
文科省は、いじめの定義を変え、実態調査を厳密にやることにしています。しかし、これはものごとによくあることですが、定義を検討すればするほど実態がみえなくなるということもあるのではないでしょうか。
子どもは大人の鏡です。そして、子どもは天使ではありません。いじめている側=絶対悪、いじめられている側=絶対善とは言い切れないのも現実です。
なにも、いじめられる側にも理由があると言っているのではないのです。ただ、悪いやつは体罰でも出席停止でもどんどんやれというのは、こと「いじめ」に関しては実際にはできないのではないでしょうか。
殴る・蹴るの暴行、恐喝、性的いやがらせは、「いじめ」ではなく犯罪です。これらは犯罪として対処すべきです。校内暴力と同じです。
ですが、無視(いわゆるシカト)など犯罪にはすぐに当たらない行為があるし、犯罪として対処すべきでない行為、それこそ教育の中で対処すべき行為は、出席停止や体罰では根本的な解決はできないでしょう。
なぜなら、現在の「いじめ」は、いじめる側、いじめられる側だけではなく、それを傍観する大多数の側にこそ問題があるからだと私は思っています。
殴られたらいじめ、恐喝されたらいじめ、性的嫌がらせを受けたらいじめ、、、、、なんでもかんでも「いじめ」ということで括るのは、そろそろやめたらどうでしょうか。
その行為は、犯罪なのか、いじめなのか、それともほかの問題行動によるものなのか、もっと丁寧に議論するべきではないでしょうか。
「いじめ」は、大きな問題です。しかし、なんでもかんでも「いじめであるか」か「いじめではないか」という視点でみることは、結局、問題行動に対する思考停止、そして想像力の欠如を生むだけではないでしょうか。
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2007/01/27 22:13
今日はとんでもないタイトルですね。はい。
忙しさにかまけてチェックを怠っていた文科省のサイトを見て、「???」と?マークが頭の中を駆け巡るものを見てしまいました。
○文部科学省・文化庁国民保護計画
なんなんだ、これは、、、、、少子化のためにとうとうトキのように国民も絶滅懸念の種にでも指定されたのか?
読んでみると、国民保護法に定められた指定機関に作成が義務付けられている対応計画のよです。
ふうむ、、、、確かに原子力関係は分かるが、学校なども有事法制に関係するのですねぇ。しかし、武力攻撃やテロを受けている現地に文科官僚が行っても役に立たないと思うけど。
なんか有事法制が急に身近に感じられるようになりました。
○蛇足
変な誤解を受けないように明記しておきますが、私は有事法制反対論者ではありません。平和というものは努力して守るものだと私は考えております。何かあった際に国全体がパニックになりとんでもない行動にでることを防止する意味でも、きちんと政府の対応にかせを掛けるという意味でも、有事法制自体は必要だと考えています。
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2007/01/26 02:17
まだハードな締め切りに追われています。ということで、今回はほぼ雑談というか引用です。
教育再生会議は、不適格教員排除のために教員免許の更新制などを出しましたが、これはどうみても無駄以外の何ものでもありません。
第一次報告は、免許更新のための更新講習を不適格教員排除のためにきちんと機能するよう教員としての実績評価などを組み込むよう求めています。しかし、これはおかしい。更新制は、免許制度の問題です。更新制の対象には、当然、ペーパー教員も含まれますが、教員としての実績のない民間人の免許保有者に実績評価など適用できないでしょう。
もし、教育再生会議の言うとおりにすると、教員免許の更新は、一般人は講習を受けるだけだが、現職教員は実績評価も加味されるという訳の分からない仕組みになってしまいます。これは、もう教員免許制度としての議論のていをなしていません。
教員不信をあおる不適格教員排除のための更新制という目的だけが先にあり、それに強引に議論を合わせたもので、教員免許制度そのものを否定するような議論です。
そんなことを考えていたら、「世界」2月号に佐久間亜紀上越大学助教授が書いた教員免許更新制の記事の中に、現在の教育改革や教員不信に対する文章がありました。現在の状況を的確にとらえたものだと関心しました。以下、その部分を紹介します。
「私には『免許更新制は、なんとなくダメ教員を排除してくれそうだから』という印象論に基づく社会的雰囲気と、『世論の評価を得るために、とにかくわかりやすいことをしたい』という政治の思惑の、相互作用の帰結としか思えない」
「教育ポピュリズムの中では、教員たちが必死で努力したとしても、教員への信頼が回復し批判が止むことはないだろう。そもそも教育を『問題』だとする『まなざし』そのものが教育改革を必要とし、教育改革がまたそのまなざしを補強するからである。これらの教育改革が生み出しているのは、政治やメディアに対する恩恵(たとえば、改革姿勢を示すことによる支持率獲得、教員バッシングによる発行部数増加)なのであって、教員や子どもに対する恩恵ではない」
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2007/01/06 17:53
遅ればせですが、明けましておめでとうございます。本年も教育ニュース観察のブログを続けていきますので、よろしくお願いします。
教育基本法も盛り上がりを見せないまま改正され、今年の教育関係の大きく動き出しそうです。ただ、学校現場の苦労は依然として変わらず、さらに学校や教員に対する社会の不信もますます募っているというのが現状でしょう。もう、どうでもいいやという気にもなってくる。
でも、社会をより良いものにしていくためには、答えがみつからない閉塞状況の中で、あきらめず、逃げ出さず、そしてくさらずに努力していくしかない。
答えや解決方法が見つからない閉塞感が続くと、とかく日本人は極端に走る傾向があるようです。
すべてをあきらめて個人の殻に閉じこもるか、勇ましいことを言う人間に無条件で全権委任するか、あるいは気に入らないものすべてにやつ当たりして不満の固まりになるか、、、そんな選択からは、ろくな社会は生まれません。
年末年始のニュースの中で、私が一番ショックを受けたのはイラクのフセイン元大統領の死刑執行でした。私は死刑廃止論者ではありませんが、フセインにはまだまだ裁判で明らかにしなければならないことはたくさん残っていたはずです。
死刑執行にはさまざまな政治的思惑があるのでしょうが、簡単に言えば、彼を裁き続けるというストレスに米国もイラク現政権も耐えられなかったのでしょう。これは危険の兆候です。
翻って日本を見れば、学校や教員に対するバッシングは激しくなっていくのに、学校教育を良くするための丁寧で慎重な議論は全く行われていません。国民全体が教育に関心を持ち、その将来の心配していると言いながら、誰もではどうするのかという議論−それは複雑で簡単に答えが出せない議論ですが−を望んでいないかのように見えます。
おそらく、現在の日本社会の多くの人々が簡単に答えの出ない複雑な問題を丁寧に議論していくというストレスに耐えられなくなっているのではないでしょうか。
でも、、、、、子供たちは目の前にいます。
あきめらず、逃げ出さず、そしてくさらずに、自分のなすべきとこをしていかなければならない。それの結果が、いくら不毛の連続であろうと。私は、そう思いたいのです。
もっとも十数年前に、怒りに任せて上司に辞表を叩き付けた私が言っても、まったく説得力がありませんが、、、、、、
○やっとサイドバーのリンクの貼り方を覚えました(汗。当ブログにリンクを貼っていただいている方はアドレスをお知らせください。こちらも表示させいていただきます。
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2006/11/30 22:01
ただいま年末進行という出版界恒例の行事の中で、忙殺されています。教育基本法、教員給与の見直し、学校評価など書きたいことはあるのですが、時間がとれません。で、今回も雑談です。テーマは、安倍首相による教育改革は成功する、、、、です。
教育再生会議については以前、その発足時に教員免許の更新制や教員給与の見直し、学校の第三者評価など、検討課題はすべて文部科学省が進めている既定路線ばかりだと指摘し、教育再生会議の存在を来年の地方統一選、参院選挙に向けた安倍首相のパフォーマンスだと述べました。
でも、私は徐々に認識を変えつつつあります。
安倍政権は、日本の教育を大きく変えるかもしれない。安倍首相の教育改革は成功するかもしれないと。
成功というのは、誰にとっての成功なのかという問題がありますが。
○安倍首相の教育改革は、これまでの政権とは全く異質なものだ。
中曽根首相の臨時教育審議会、森首相の教育改革国民会議、そして文科省の中央教育審議会と、さまざな教育改革が提言され、実行されてきました。その結果、日本の教育はよくなったか、、、、評価はさまざまでしょう。
でも、これらの教育改革を取材したきた者として言えるのは、今回の安倍首相の教育改革は、これまでのものとは全く違うという感覚を覚えます。きっちりと論理的、データ的に説明するのは難しいのですが、その違いは、、、、
安倍首相の教育改革は、現在の学校教育への不信感と教員に対する悪意で成り立っている、、、、、ということです。
これまでの政権の教育改革も、いわゆる日教組との対立・批判ではなかったかといわれると、その通りです。しかし、安倍政権の教育改革は、そんなレベルではない。
まるで、現在の学校教育のすべて、教員のすべてを信じておらず、嫌悪しているような感じがあります。
たとえば、教員免許の更新制について、中教審と文科省は「問題教員の排除」という制度設計はしませんでした。第三者評価による学校評価導入も、基本的には評価とは評価対象をサポートし、向上させるためのものという姿勢をぎりぎりのところで維持しています。
ところが、同じ課題を取り上げる安倍内閣は、教員免許更新制は問題教員排除のため、第三者評価による学校評価は駄目な学校を潰すためという立場を取っています。
私は、学校と教員に対するこんな悪意に満ちた教育改革をかつて見たことがありません。
○だからこそ、安倍内閣の教育改革は社会の支持を受けるかもしれない。
なぜ、安倍内閣の教育改革がこんな悪意に満ちたものなのか、その理由は私には分からない。しかし、だからこそこれまでの教育改革とは全く違い、社会の絶大な支持を得るかもしれない。
高校の必修逃れ・履修漏れ騒動、いじめ自殺の続発に対する社会の学校・教員批判を見るまでもなく、今の社会は「悪意」に対して貪欲です。安全に振りかざせる「悪意」を求めているともいえます。
問題教員を排除すめための教員免許の更新制、駄目な学校を潰すための学校監視、能力もないくせに高給取りで終身雇用の教員を叩く給与制度の見直し、、、、、、おそらくみんな支持されるでしょう。
○そして、安倍首相の教育改革は成功する。
繰り返しになりますが、安倍首相の教育改革は、教育のことを全く考えていないことに大きな特徴があり、だからこそそれは具体化されやすいのです。
教育制度、学校教育の実態について何ら関知せず、学校と教員に対する悪意と不信感だけで改革を推し進めようとする、、、、、だからこそその改革は成功するのです。誰にとっての成功かという問題は別にして。
安倍首相がやろうとしている改革は、実は教育改革ではない。学校と教員に対する悪意と不信感を利用して、もっと大きなことをやろうとしているのではないか、、、、そんな妄想を抱いているこのごろです。
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2006/11/15 14:19
いじめによる子どもの自殺が相次いでいる。教育を柱にしているこのブログでも、これほどの問題を取り上げないのはおかしいのだが、、、、私は、いままでいじめテーマを取り上げてこなかった。今回も、いわゆる分類「雑談」でお茶を濁したい。
○「いじめ」なんてなくならない。
子どもは残酷なものだという認識が私にはあります。私はどちらかと言えば、いじめられっ子の方でしたが、では私がいじめや差別をしなかったかと言えば、そんなことはない。50年近く生きてきて、とりたてて人の道を踏み外すようなことはしなかったと思う私でさえ、こんなものです。
学校が社会の縮図である限り、「いじめ」はあります。それを根絶しようというのが、そもそもの間違いなのです。だから、私は真面目な顔をして「いじめをなくそう」とか言うのが嫌いです。
もし、いじめ対策として必要なものがあるとすれば、「いじめにあっても生き延びる方法」を教えることだと思います。もっとも、これは現代の子どものほとんどが実は別の形で身につけています。それが、無関心や加害者への加担、多数派から外れないための気配りなどになっています。そうではなく、もっと具体的なサバイバルの方法を教えるべきでしょう。
○「いじめ」を論じることでは「いじめ」は解決できない。
私が不思議に思うのは、これほど学校のいじめが深刻なのに、国や地方の予算を使って、子どもたちに細かく目配りができるように教員一人当たりの子ども数を減らそうとか、スクールカウンセラーをすべての学校に常勤配置しようとか、スクールポリスを設置しようとかいう声が役所や一般社会から全く聞こえてこないことです。
いじめをなくすために教員を増やそうなどと言うと、組合の手先、たかり公務員の犬みたいなことを言われます。
いじめの問題が構造的なものであるならば、対処療法で解決できるはずがない。「いじめ対策」と銘打った時点で、それはもう無駄なのです。
いじめの問題を解決したいと社会全体が思うならば、予算を使ってインフラを整備するしかありません。
ちなみに、教育改革の成功例の一つといわれているデンマークでもいじめはあるそうです。
「デンマーク教育環境センターの調べでは、4年生から10年生までの生徒を対象に行ったアンケートで、過去2ヶ月の間に、18%の生徒が、ひとりあるいは複数の生徒からいじめを受けていると回答し、17%の生徒がいじめに加わったと回答したそうです。また、41%の生徒が1回あるいは数回、他の生徒が誰かをいじめている事実を知っていたが、止めることができなかったと答え、23%の生徒が先生はその実態を知らないと思う、と回答したそうです」(村上龍事務所のメルマガ、高田ケラー有子『平らな国デンマーク/子育ての現場から』より)
○言ってはいけないことがあるのがつらい。
これは、マスコミや教育関係者だけでなく、すべての人に当てはまるのですが、「いじめ問題」では、絶対にいってはならないことがある、、、、、、
でも、これは言ってはいけない。社会には「思っていても実際には言ってはいけない」ということがある。それを平気に口にするようになると、社会が壊れていく。
でも、こんな問題はえてして、安易な犯人探しにつながつていくものです。批判しても絶対に怒らないところ、そこを批判していればもっともらしいことが言えるところ、、、つまり学校。社会的なヒステリーですね。そして、問題は実は収まっていなのに、マスコミが問題を扱うのに飽きると、社会は関心をなくし、その問題が終ったかのように感じる。
行政がやるべきことは、精神論や道徳ではない。それは家庭や社会にまかせるべきです。
「いじめ」をなくすために本当に行政がやるべきことは、社会が行政に求めるべきことは、教育条件の整備なのです。予算を教員や常勤カウンセラーの増員のために使うことなのです。
でも、そんな論は誰も面白がらないし、期待もしていない。
憂い顔、怒り顔ができない私は、結局、この問題を分類「雑談」ですますしかない。
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2006/11/07 12:31
高校の履修不足・必修逃れ問題で、学校五日制がこの問題の根源であるという指摘が多くあります。今回は、学校五日制について。ただ、現在、少し忙しいので正確な期日や資料名などを調べる時間がないため、「雑談」という扱いでお話しします。
○「ゆとり教育」のために学校五日制、、、、はじつは後知恵だった。
学校五日制のもともとの原因が、日米貿易摩擦によるアメリカの圧力だったと言ったら驚かれるでしょうか。じつは、そうなんです。
今は昔、日本経済がまだ急成長を続けていた頃、貿易赤字に悩むアメリカは日本にさまざまな圧力をかけてきました。その一つが、「日本人は働きすぎだ」というものです。
このため日本政府は、週40時間労働、いわゆる週休二日制を実施することを決め、民間企業に導入を働きかけ、続いて公務員の週休二日制に踏み切りました。
ところが、ここで最大の問題になったのが公立学校です。教員を週休二日にすれば、学校はどうするのか。しかし、学校を休みにしないと教員の週休二日が実現できない。これに対して当時の自民党内部からは「教員の休みを増やすために学校を休みにするなどもってのほか」と大反対の声が挙がりました。
そこで、当時の文部省と自民党文教族の一部が考え出したのが、子どもたちにゆとりを与えるために学校を五日制にするということです。つまり、週休二日制が「学校五日制」にすり替わったのです。
こうして、月一回の学校五日制実施、月二回の学校五日制実施と、段階的に拡大され、小・中学校の現行学習指導要領の実施と併せて、2002年度に公立学校の完全学校週5日制が完成しました。
○教育界は、学校五日制実施に反対だった。
文部省が学校五日制への段階的移行を打ち出したとき、小学校から高校までの各校長会は一斉に反対しました。PTA団体も反対意見を述べました。
しかし、「子どもたちにゆとりを」という文科省の論理には当時、強い説得力があり次第に反対意見も収まりました。また、一般公務員の週休二日制が実施されていたので、いつまでも公立学校教員を放置するわけにはいかないという、切羽詰った事情もあったのです。
文部省は反対意見を抑えるために、土曜日の子どもの「受け皿」づくりということで、さまざまな事業を展開しました。現在、土曜日に学校で実施されている子ども教室や地域教室などはこれが起源です。
私は、このときの学校五日制への移行は、まさしく文部省の「プロジェクトX」だったと思います。
○それでも、学校五日制は正しかったと私は思う。
本当は、公立学校教員の週休二日制だったものが、教育問題としての「学校五日制」にすり替えられたため、さまざまな問題を生みました。それが、今でも続いています。
では、当時の文部省の政策は間違っていたかというと、私はそうは思いません。
週休二日制は、成熟社会の必然だった。
いろいろ批判はあるでしょうが、いまさら公立学校を週六日制に戻すのは馬鹿げています。学力低下という批判を盾に、子どもだけ週六日制に戻すのはいかがなものでしょうか。それは長い目で見れば、社会にとってよいことだとは思えません。
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| タイトル |
日 時 |
日々雑感・高校の裏カリキュラム
いやいや、大変なニュースとして盛りあがっますね。高校の単位履修不足問題。こんな大きな騒ぎになるとは正直思いませんでした、本当ならローカルニュースどまりだったのでしょうが、教育再生会議などでみんな教育ネタさがしてましたからね。いや、運が悪かった。
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2006/10/26 13:22 |
日々雑感・安倍首相と教育改革
夕飯を食べながらテレビを見ていたら、コメンテーターみたいな人物が教育再生会議の話題で、「再生というのは、前提として死んでいるということ。戦後教育は死んでいるんですよ」みたいなことを言ってました。
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2006/10/16 01:14 |
日々雑感・一日の始まりで驚く
本日、昼前にようやく起きて(いや、寝たのが午前4時だったもので)、パソコンを立ち上げたらウインドウズのアップデートがいきなりごそごそ動き出した。みたら結構な数の更新インストールがある。
重要度が高いパッチのようなので、アップデートを自動にしていない方はすぐに更新した方がよいですよ。
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2006/10/11 13:37 |
軽度発達障害
ブログの履歴を見ると、ADHD、学習障害、アスペルガー症候群などの軽度発達障害のキーワード検索で、ここの古いエントリーを見られる方が多いようです。
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2006/09/27 03:31 |
深くお詫び
ほぼ1カ月間ほど、ここを放置してしまいました。訪問いただいた方には、大変申し訳ありません。
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2006/08/18 17:06 |
日々雑感・雑談です
更新が滞っており申し訳ないです。最近、取り上げたいという気持ちがわくニュースなくて。でも、全く更新しないのもなんですので、今日は完全に雑談です。
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2006/07/23 16:52 |
日々雑感・骨太の方針2006
政府の骨太の方針2006が7日に閣議決定されました。
まあ、新聞などマスコミにはいろいろな見方がありますが、教育問題に触れているところはほとんどないようです。まあ、その前に一部報道していますので、既報という感覚なのでしょうか。
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2006/07/09 23:58 |
日々雑感・ゼロトレランス、無理でしょう?
中教審の教員免許制度の話が大きく報道されてましたが、答申案が了承されたということだけで中身に新しいものはない。ということで、今回は続いてゼロトレランスに関する個人的な感想などを。
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2006/06/27 16:00 |
教員の行動基準
今日は、教員がしてはいけないこととは、、、、というテーマで一つ。最近、忙しくて更新していませんでした。訪問された方々、どうもすみません。小学校の英語教育など、取り上げなければならない話題はあるのですが、どうも時間がなく、考えもまとまらないのでまたの機会でやります。
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2006/04/03 02:12 |
お詫び
しばらくブログの放置状態が続いていました。
年末進行のハードスケジュールと同時に、心身ともに落ち込むようなことが相次いで起こり、とてもしんどい状況でした。
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2005/12/09 12:42 |
日々雑感・教員の「評価」
前回の教員はどのような評価を望んでいるのかという私の疑問に、何人もの教員の方からコメントをいただきました。本当にありがとうございます。私なりに考え方を整理してみたいと思います。
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2005/11/15 00:24 |
日々雑感・教員の望む評価って何
昨日は優秀な教員への優遇について、結局わけのわからないエントリーを書いてしまいました。同様のテーマを扱っているブログを見ても、教員の方の意見はこんなことをすればヒラメ(上ばかり見ている)教員を大量につくるだけだという指摘が多いようです。
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2005/11/12 23:02 |
日々雑感・瞬間移動しました
金曜日の夜は仕事の打ち上げで、都内で飲んでいました。イカゲソをかじりながら熱燗を飲んでいたのに、次の瞬間、都心からはるか遠くの駅のベンチに瞬間移動していました。実に神秘的体験でした。私には超能力があったようです。テレポート能力というやつですね。
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2005/10/30 01:39 |
日々雑感・疲れてる
本当は中教審答申のことを取り上げたいのでが、締め切りが重なり忙しくてできません。
それに、いまさらという感じもありますし。
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2005/10/28 02:36 |
日々雑感・教員の日常を知りたい
締め切りに追われています。雑誌の締め切り日は、だいたい同じ頃に集中するので、その時にフリー(ライ)ターな私にも、原稿催促の電話やメールがきます。催促がこないと「どうせどうでもいい原稿ですよ」とひねくれ、催促がくると「信用ないよな」と思います。困ったものです。
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2005/10/26 23:49 |
日々雑感・教員と社会のすれ違い
教員給与は高すぎるという税制制度審議会の記事について、さまざまなブログで意見が出されている。ただ、教員の方々の反論はやや説明不足という印象を受けるし、社会一般の認識とのずれは意外と大きい。この原因はなんだろうか。
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2005/10/23 14:05 |
日々雑感
総理府調査で、「学校より塾の方が優れている 保護者の7割」というニュースがありましたが、調査したところが規制改革・民間開放推進室なんて、あまりに底が割れすぎ。意図がミエミエです。学力向上とか評価の視点を限れば、塾の方がパフォーマンスが優れているなんて当然。それよりも学校の教員に対して「満足」と「不満」がほぼ拮抗していることの方が驚き。この手の調査で拮抗というのは、教員への評価は意外と高いと読んでもよいと思う。
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2005/10/08 22:20 |
フリー(ライ)ターな日々・運動会中止
上の息子の運動会は、昨日に続いて今日も中止。明日、午前中に実施して、午後は通常授業ということになりました。現在は、やればできそうな天候ですが、台風接近中ですから仕方ないですね。
しかも、明日は忙しい。運動会には行けそうもないです。普通の父親なら平日で会社があるからで済むのですが、フリー(ライ)ターな私は、家族中からいつでも暇だと思われています。よって忙しいから運動会に行けないというと、家族から「面倒くさいだけだろう」とか「子供がかわいそう」といろいろ文句を言われます。
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2005/09/25 12:55 |
フリー(ライ)ターな日々
今回は、ちょっと一休み。
昔、会社勤めをしていたのですが、いろいろあって辞めました。その時に母親が「人に聞かれたらなんと答えたものか」と聞いてきたので、
「フリーライターになった」
と言えばよいと教えておきました。
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2005/09/15 00:50 |
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